調べ学習を再評価しよう―シリーズ【アクティブ・ラーニングから探究的な学習へ】10

調べ学習を再評価しよう―シリーズ【アクティブ・ラーニングから探究的な学習へ】10

*本連載は、がもうりょうた氏の『「探究」カリキュラム・デザインブック』(ヴィッセン出版)、『探究実践ガイドブック』(七猫社)を再編したものです。『「探究」カリキュラム・デザインブック』に関してはヴィッセン出版より掲載の許可を得ております。ページの下に両著作をお求めやすい特別価格で販売する七猫社の​会員限定ショップへのご案内があります

(1)探究には知識が必要?

「探究的な学習」(探究)を進めていくうえで、現場の教師が悩むことがいくつかあります。そのなかの1つが「課題」意識や「問い」が浅い、あるいは「仮説」がうまく立てられないということです。

ある高校でインドネシアへの研修旅行と関連づけ、東南アジアの「持続可能な開発」をテーマにした探究を進めていました。最終的な研究成果(レポートや発表ポスター)は「インドネシアのスイーツ人気ベストテン」や「インドネシアの女子高生に流行のファッション」等。教師が思い描いていたものとかけ離れたものになりました。どうしてこんなことになったのかを検討した結果、教師たちが出した答えは「そもそも、生徒たちはインドネシアについて知らないし、『持続可能な開発』といってもピンとこない。だから、うまくいかないんだ」というものでした。

かつて、教育改革を語るなかで「知識の陳腐化」というフレーズが飛び交いました。インターネットが広まる情報化社会において既存の知識が古く、陳腐なものになる。そのため、知識をどれだけ知っているかではなく、知識を「習得」した後、うまく「活用」できることのほうが重要である。そのために「探究」が重要だというわけです。

しかし、これが落とし穴でした。「習得→活用→探究」の道筋のなかでは、多くの知識が必要になるのです。

(2)知識と体験のネットワーク

私たちは日々の生活からさまざまな知識や体験を得ています。私たちの頭のなかではそれらがバラバラに存在するのではなく、互いに連結し保存されています。

このネットワークはつねに流動的であるとともに何かのきっかけで新しく生まれることもあります。

たとえば、「インドネシアにおける持続可能な開発を念頭に探究の問いを考えなさい」と言われたとき、頭のなかにある「インドネシア」と結びつきそうな知識や体験が総動員され、既存のネットワークがつなぎなおされ、新しい問いや解決策が生まれるのです。

「インドネシアにおける持続可能な開発」というテーマを与えられたとき、学習者の頭のなかでこのテーマに関連しそうな知識が結びつき始めます。それらが、〔多民族〕-〔インドネシア〕-〔イスラム教〕-〔宗教〕というつながりを作ったとします。すると、このつながりから「多民族国家インドネシアにおける宗教の実態はどのようなものか」という問いが生まれます。

こうしてできあがった新しい知識のネットワークの誕生を「洞察」とか「アハ(ああ、なるほど)体験」と呼ぶことがあります。

「洞察」というと、ある実験が有名です。チンパンジーの頭上にバナナが釣ってあります。チンパンジーはさまざまな方法でバナナを取ろうとしますがやがて諦め、足下にあった葦の茎で遊び始めます。そうしているとチンパンジーは突然、葦をつなげ出します。次の瞬間、チンパンジーはつながった葦でバナナを取ってしまったのです。

このとき、チンパンジーの頭のなかでは、釣られたバナナの高さや2本の葦、そして、かつて、葦の茎で遊んだ体験が一本の道筋となって連結され、1つの仮説が生まれたのでしょう。この心理現象が「洞察」です。

ある課題解決を求められる場面で知識と体験のネットワークが生まれ、新しい解決策=仮説が生まれるのです。

(3)「問題系」へ飛びこもう

自分のなかにある知識や体験がネットワークとなり、新しいアイデアが洞察される。このことは探究の問いを立て、仮説を導くプロセスに重要なものです。

単に知識を結びつければよいというわけではありません。たとえば、「インドネシアのスイーツ人気ベストテン」だって、学習者のなかの「インドネシア」という概念と東南アジアのスイーツのイメージが結びついたものかもしれません。重要なことは知識や体験のネットワークが既存の「問題系」に連結されることなのです。

私たちの社会に多くの問題意識や課題意識(「問い」・「仮説」の母胎)が存在します。たとえば、「永遠の命」を追い求める問題意識はその周囲に「病気を治すにはどうすればよいのか」、「老いないためにはどうすればよいのか」という問いを生み出し、「人間がつねに新しい肉体を再生医療によって獲得できるなら、永遠の命を得ることができる」という仮説のもと、iPS 細胞等の開発が展開されています。このように、問題意識を核にしてさまざまな問いと仮説によって形作られる1つのネットワークを「問題系」と呼びましょう。

探究における問いや仮説は社会に存在する問題系と接続されないといけません。そうでないと1 人よがりな探究になってしまいます。探究が向かう問題系は、研究者が考えているものかもしれませんし、企業人が取り組んでいるものかもしれません。さらに市民団体等が抱えている問題系かもしれません。

この観点からいえば、「多民族国家インドネシアにおける宗教の実態はどのようなものか」という問いは政策科学や市民社会の問題系につながります。また、「インドネシアで人気のスイーツは何か」という問いは国際的なマーケティングの問題系につながるでしょう。そう考えると、浅いと感じた学習者の問題意識もある問題系と結びつけ発展させることで興味深いものとして展開できるかもしれません。

シリーズ【アクティブ・ラーニングから探究的な学習へ】カテゴリの最新記事